人生を変えた旅の出会い

ベトナムの市場で出会った少年:小さな手が導いた心の羅針盤

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旅立つ前の心模様:漠然とした不安の中で

大学卒業を控え、未来への漠然とした不安を抱える日々が続いていました。周りの友人が次々と内定を手にし、希望に満ちた顔で語り合う中、私だけが取り残されているような焦燥感に苛まれていたのです。何をしたいのか、何ができるのか、自分にはどんな価値があるのか。就職活動が本格化するにつれて、自信のなさは増すばかりでした。自己肯定感は低く、将来に対する期待よりも、漠然とした閉塞感が心を占めていました。

そんな時、ふと目にした旅のパンフレットが、私の心を掴みました。このままではいけない、何かを変えたいという強い衝動に駆られ、私は思い切って一人旅に出ることを決意しました。目的地は、エネルギッシュな混沌が魅力だというベトナムです。何かの答えが見つかるわけではないかもしれない。それでも、日常から離れ、異なる文化に身を置くことで、少しでもこの重苦しい気分から解放されたいと願っていたのです。

活気あふれる市場での予期せぬ出会い

ベトナムのホーチミン市に到着し、私はまず現地の大きな市場を訪れました。雑多な香辛料の匂い、売り子の活気ある声、バイクの往来する喧騒。その全てが私にとっては刺激的でありながら、同時に異国の風景に溶け込めない自身の孤独を際立たせるようにも感じられました。人々の熱気に圧倒され、どこへ向かえばよいのかわからなくなり、私は立ち止まってしまいました。

その時、目の前で小さな手が差し出されました。見上げると、そこには10歳くらいの少年が立っていました。彼は色とりどりの手作りの小物を並べた露店の前にいて、人懐っこい笑顔を私に向けていました。少年の澄んだ瞳は、疲弊していた私の心に、まるで一点の光を灯すようでした。

「ニーハオ」と、彼は少し照れたように英語で話しかけてきました。私は思わず微笑み、「こんにちは」と返しました。彼は片言の英語で、自分が作ったブレスレットや小さな木彫りの動物を指し示し、その一つ一つに込められた思いを語ってくれました。彼の指先には土の匂いが残り、幼いながらも懸命に生きる姿がそこにはありました。

彼は自分の家族を助けるために毎日市場に出ていること、そして学校にも通っていることを教えてくれました。将来は、もっとたくさんの人に自分の作ったものを見てもらいたいと、瞳を輝かせて語るのです。彼の言葉は、まるで濁りのない清流のようでした。その日の夕暮れ時、少年がくれた小さな花を手に、私は市場を後にしました。彼の小さな手のひらから伝わった土の温もりと、まっすぐな眼差しは、私の心に深く刻み込まれていました。

内なる変化と新たな一歩

あの小さな出会いは、私の内側に静かな、しかし確かな波紋を広げていきました。少年は決して恵まれた環境にいるわけではありませんでした。それでも、彼は今を精一杯生き、家族を思いやり、未来への希望を明確に持っていました。それに比べて、私は。自分がいかに恵まれた環境にいるか、そしてどれだけ小さなことで悩んでいたかを痛感させられたのです。

彼の瞳は、私自身の視野の狭さや、漠然とした不安に囚われているだけの現状を映し出していました。私が抱えていた「何もない自分」という感覚は、彼の「今、ここにいる自分」を肯定する生き方によって、少しずつ崩れていきました。自分に足りないものばかりを見るのではなく、今あるものに目を向け、そこから何を生み出せるのか。そうした新たな価値観が、私の中に芽生え始めたのです。

旅の終盤、私は訪れた寺院で静かに座り、自分と向き合いました。少年との出会いを経て、私の就職活動に対する考え方も変わっていきました。漠然と「安定」を求めていた自分から、「本当に何をしたいのか」「どんな社会に貢献したいのか」という問いを深く掘り下げるようになったのです。

帰国後、私はこれまでの就職活動のやり方を根本から見直しました。興味のなかった大手企業への応募は減らし、代わりに、社会貢献性の高いNPO法人や、教育分野のベンチャー企業に積極的にインターンシップを申し込むようになりました。選考は決して平坦な道のりではありませんでした。時には厳しい言葉をかけられたり、不採用通知を受け取ったりすることもありました。しかし、以前のような絶望感はありませんでした。ベトナムの市場で出会った少年の、あのまっすぐな笑顔が、私の心の奥底でそっと光を放ち、諦めずに前を向く勇気をくれたのです。

現在、そして未来への穏やかな展望

あれから数年が経ちました。私は現在、教育支援を行うNPO法人で働いています。困難なことも少なくありませんが、日々の仕事に大きなやりがいと充実感を感じています。子どもたちの成長を間近で見守り、彼らの未来を共に創っていくこの仕事は、あの旅で出会った少年が私に教えてくれた「今を精一杯生きる」こと、そして「誰かのために貢献する喜び」と深く繋がっていると感じています。

あのベトナムでの出会いがなければ、今の私はなかったでしょう。あの時、一歩踏み出し旅に出たこと、そして市場で偶然少年と出会えたこと。その全てが、私の人生にとってかけがえのない羅針盤となりました。私はこれからも、この羅針盤が指し示す道を信じ、自分にできることを探し続けたいと思っています。いつか、再びベトナムを訪れ、あの少年と再会できる日を心待ちにしています。

旅がもたらす普遍的な価値

人生には、予期せぬ出会いによって道が開かれることがあります。それは、必ずしも壮大な出来事である必要はありません。見知らぬ土地で出会った、ほんの一瞬の交流が、時に私たちの心の奥底に眠っていた大切なものに光を当て、生き方そのものを変えるきっかけとなるのです。旅が与えてくれるのは、単なる新しい景色だけではありません。それは、時に人生の進路を大きく変える、予期せぬ出会いを運んでくる羅針盤となるのかもしれません。もし今、あなたが何かに迷い、立ち止まっているのなら、少しだけ勇気を出して、未知の世界へ一歩踏み出してみてはいかがでしょうか。その先に、きっと、あなたの心を温かく照らす光が待っているはずです。